佐紀と雅が恋人だったら? 5話

  • 長い一日

ツアー終了から数ヵ月後、
新曲発売イベントで、全国を回ることになった。

打ち合わせの時、佐紀の様子が少しおかしい事に最初に気が付いたのは桃子だった。
佐紀ちゃん、具合悪いの?」
「なんで? 昨日ちょっと寝るのが遅かったから眠いだけだよ。」
「そう?ならいいんだけど。」

ステージでのリハーサル。
フォーメーションの確認、音合わせ。
進むにしたがって佐紀の額に大粒の汗が尋常じゃないくらい浮かび、
糸の切れた操り人形のようにフラフラしていた。
佐紀ちゃん大丈夫?」
隣にいた友理奈が聞くと
「大丈夫 だい じ ょ....」
といいながら友理奈に倒れこんだ。
佐紀ちゃん?  佐紀ちゃん!! 
 マネージャーさーん 佐紀ちゃん佐紀ちゃんが・・・」
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気が付くと佐紀は別の控え室のソファで横になっていた。

「あっ、気が付いた? 大丈夫?佐紀ちゃん?」
傍にいた舞波
「あれ?ここは?私どうしたの?」
「リハの途中で倒れたんだよ、覚えてないの?」
「!  行かなきゃ。」
と起き上がろうとする佐紀。そんな佐紀の肩を両腕で押さえる舞波
「駄目だよ、まだ寝てなきゃ。お医者さん呼んだから ね。」
舞波に諭されて再び横になる佐紀。
「マネージャーさん呼んでくるから横になっててね、絶対だからね。」
ときつく念を押す舞波



「清水、何でもっと早く言わないの。」
呆れたように尋ねた。
「今日で最後だったし、大丈夫だと思ったんです。」
「お医者さん呼んだから、あんたはココで寝てること。」
「でも... 」
「口ごたえは許さないから。」
そう言って廊下に出て行った。
「みんな〜休憩終わり、変更の続きやるよ。時間ないから急いで。」






開演5分前、様子を見に千奈美と雅が来た。
「どう佐紀ちゃん?」静かにドアを開けながら千奈美が尋ねた。
起きようとする佐紀。
「まだ寝てたほうがいいよ。お医者さんまだ来てないんだから。」
と雅が佐紀の肩を抑えて寝かせようとする。
「もう大丈夫だから。」
と雅を押しのけて立とうとする佐紀。

すると突然、雅が怒鳴りつけた。
「その体でどうしようっていうの。そんな体で出る方がずっと迷惑だよ。 
 佐紀ちゃんなんかいなくったってちゃんとできるんだから。」
「ミヤ、そんな言い方しなくたって。」

廊下の方で
「そろそろ時間です、スタンバイお願いしまーす。」と声が聞こえた


「千奈、行こう。」
「う  うん・・・。 佐紀ちゃん、ゆっくり休んでて、無理するのよくないから。」
そう言って2人は部屋を出て行った。


無言で歩く雅
「ちょっと言いすぎじゃないのミヤ! 聞いてるの!」
早足で近づき、雅の右肩に手を掛け強引に後ろに振り向かせた。
俯いたまま千奈美の方に振り返る雅。
つかんだ肩が小刻みに震えている。


「ミヤ… 泣いてるの?」
「... だって、ああでも言わないと、佐紀ちゃん絶対出るって言うよ。
 しょうがないじゃん!
 ねえ、他に何て言えば良かったの?」
「ミヤ・・・。」
「泣かない、絶対泣かない。
 佐紀ちゃんの分までみんなでちゃんとやるんだから。」
唇をかみしめ、拳を握り締める。爪が手の平に食い込んでいた。
「・・・そうだね、みんなで佐紀ちゃんの分もガンバろ。」




イベント開始。遠くで歓声が聞こえた。
佐紀の代わりにMCを務めていたのは桃子だった。
急病で出られなくなったことを告げると、観客からは心配する声が上がった。


大騒ぎにならないように救急車は呼ばず、医者が来て診察と処置をしていった。風邪と疲労。ゆっくり安静にしていれば2〜3日で回復するといっていた。
佐紀の左腕には点滴の細い管が繋がっていた。



落ちる水滴を見ながら、佐紀は泣いた。

来てくれたファンを失望させたこと、メンバーやスタッフに迷惑をかけたこと、
今この場で動けない体、
そして、雅にあんなことを言わせた自分が許せなかった。



イベント終了のアナウンスが聞こえた。全て他人事のようだった。
少しの休憩時間、この後には握手会が控えていたが、メンバーが代わる代わる様子を見に来た。しかし雅だけは最後まで姿をあらわさなかった。

佐紀ちゃん、さっきのミヤの事なんだけど...。」
千奈美が言い辛そうに切り出した。
「分かってるから。ありがとう千奈。」
「ホントにね、凄く心配してたんだよ。」
「うん、分かってる。分かってるから。」
あまりに雅の事を弁護するのがちょっと可笑しかった。
「千奈、行かなくていいの?」
「うん、じゃあ行くね。」





握手会開始。
佐紀は眠った。




次の日は仕事がないので、大事をとって佐紀は近くのホテルで休養をとることになった。

ソワソワしている雅を見かねた千奈美が声を掛けた。
「ミヤ ちゃんと謝ってきたほうがいいよ。」
「でも...。」
佐紀ちゃんもわかってるから 大丈夫だよ〜。」
「じゃぁ・・・ 行ってくる。」




恐る恐るドアをノックする雅。
中からドアが開いた。
「夏焼、どうしたの?」 マネージャーが顔を出した。
佐紀ちゃんは?」
「今眠ってる。
 あ〜ちょうどいい、ちょっと様子見ててくれる?
 色々連絡入れないといけないから。
 何かあったらすぐ呼んで。」
といって、マネージャーは出て行ってしまった。
明かりの消えた部屋に入る。窓からは夜景が見えた。
20時を少し過ぎた頃だった。


ベッドサイトの小さい明かりが佐紀を照らす。
隣のベッドに腰掛けて、眠る佐紀を見つめる雅。




10分ほどしてドアをノックする音が聞こえた。マネージャーだった。
「今日はこのままホテル泊まるけど、夏焼はどうする?
 明日用事があれば新幹線ならまだ間に合うけど。」
「私も泊まります。」
「そう。じゃあ、部屋は隣とったからそっち使って、これ鍵。」
佐紀ちゃんと同じ部屋じゃ駄目ですか?」
「どうして?こっちには私が入るから。清水の様子も見てないと。
 夏焼まで風邪ひいたらどうするの?」
「大丈夫です。」
「私たちにはあなた達をご両親から預かってる責任があるのよ。分かる?」
「お願いします、佐紀ちゃんの様子は私が見ます。
 さっき佐紀ちゃんにひどい事言って傷つけたから...」
そう言って、目に涙を溜めていた。
その様子を見かねたマネージャーが折れた。
「…分かった。じゃあ、何かあったら隣にいるからすぐ呼んでね。」
「はい。」
雅は静かにドアを閉じた。

ベッドに座って、眠る佐紀を見つめた。

ときどきうなされる様に息が荒くなる。
左手が何かを求めるように動いた。
雅がその手を握ると落ち着いたように寝息が軽くなった。



眠ってる佐紀の手を握りながらポツリポツリと話し始めた。


「 ゴメンね佐紀ちゃん ミヤの事 嫌いになったよね
 でもいいの あれ以上無理して笑ってる佐紀ちゃん見たくなかったから


 みんな本当は知ってるんだよ
 佐紀ちゃんがみんなの知らない所で1人で泣いてたりするの
 でも 佐紀ちゃんがそういうところを全然見せないようにするから
 みんな知らないフリをしてるの
 そんな佐紀ちゃんだからみんなが安心してついていけるんだよ 



 最初にね 気が付いたのは桃だったの
 私が声を掛けようとしたら桃に止められたんだ
 『佐紀ちゃん泣いてる所見られたくないから見なかったことにして。』って
 勝てないなって思った
 桃 普段はああだけど ちゃんとみんなのこと見てるんだなって
 ずっと佐紀ちゃんのこと見てて 
 私が一番佐紀ちゃんのことを知ってる気がしてたから 凄く悔しかった    

 いつも見ていたのに こんなになるまで気が付いてあげられなくて・・・
 ごめんね ごめん...」
雅の左頬に涙がつたった。


握っていた佐紀の親指が、雅の手の甲をなでた。

「泣かないで ミヤ 」

寝ているとばっかり思っていた佐紀の声に驚いた。

「私ね  イベントの間ずっと泣いてた
来てくれた人達とかスタッフさん みんなに迷惑をかけたのもあるけど
ミヤにあんなことを言わせた自分が情けなくって
ごめんねミヤ  嫌な思いさせて」

「謝らないでよ  ひどいことを言ったのに...」



「夏にさぁ、 旅館にみんなで泊まった時のことおぼえてる?」
「 ? 」
雅には佐紀が何を言おうとしているか見当が付かなかった。
「ご飯の前に部屋で休んでたじゃない
 後からミヤが来て 私 寝ちゃったでしょ?
途中からね   目   覚めてたんだ」

ドキッとした。

「恋してる時はいつもの間奏のところで
 ミヤが何か言ってるの はっきりは聞こえなかったんだけど
最後に言ってくれた言葉だけは   ちゃんと聞こえたよ 」

自分のした事を思い出して耳まで真っ赤になる雅。


「すごく嬉しかったの だからもっと頑張ろうって思った
 だって好きな人には カッコイイ所見せたいじゃない
 でも... 今日の私はカッコ悪いね ミヤにつらい思いもさせちゃったし...」

ゆっくりと首を横に振って雅は言った。
「ううん どんな時でも佐紀ちゃん佐紀ちゃんだから
 私 佐紀ちゃんのこと  大好きだよ  」

雅の握っていた佐紀の手に、ギュッと力がこもった。
「 私も  



  ミヤのことが  大好き 」


佐紀の瞳に映った雅の顔の輪郭が歪んだ。
そして、瞳から大粒の涙が零れ落ちた。


微笑みあう二人。
もう言葉は要らなかった。 




「もう少し寝よう? 今晩はずっと傍にいるから 」
「うん  おやすみ ミヤ 」
「おやすみ 」


青い月が二人を照らす。

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佐紀と雅の長い長い一日は終った。



翌日、東京へ帰る新幹線の車内。
手を繋いで寄り添って眠る二人の姿があった。




誰も知らない秘密の秘め事。

小さなの恋の始まり。